最近のブログ

新年度2018年4月4日

新年度が始まり、NSTアナウンサー陣も新メンバーを迎えました。

胎内市出身「高橋正和」アナです。

非常に温和な性格でアナウンス技術も卓越している
心強い良い仲間です。
でも会ってみると、なんだか緊張。

緊張している理由は2つ。
自分より若い男性アナと仕事をする経験がほぼないことと
その若い男性アナの貫録が完全に私をしのいでいることです。

私39歳、高橋アナ37歳…。

これから高橋アナを「先輩」と呼びたいと思います。
IMG_20180404_102949

向かい合いながら仕事をしております。

雁木囲いとがんぎっこと2018年3月6日

がんぎっこの活動がこの春で終了することをご存じだろうか。存じ上げず先日彼女たちの将来に勝手に思いをはせておりましたことをお詫びさせていただきます。メンバー皆様の将来がより良いものでありますことを祈念しております。

雁木囲いと新潟と2018年3月5日

ここ数年将棋にはまっている。正直申し上げて激弱なのだが「負けて学ぶ」という将棋の哲学が、自分の人生そのもののようでやめられない。ここ数年の将棋会の話題というと「人工知能の躍進」「カンニング疑惑」「藤井六段の登場」「羽生永世七冠誕生」「加藤一二三九段大人気」とあげればきりがない。よくも悪くも様々な話題が取り上げられるようになったのは、すでに市民権を得た証拠だろう。

そんな将棋界でここ数年ある戦法が注目されているのをご存じだろうか。「雁木囲い」という戦法である。雁木囲いは守りのスタイルのひとつで、金銀を柱に、歩を屋根にそれぞれ見立て王将を守る方法である。

 

歩歩歩

金 金

ド下手な図示で恐縮だがこんな感じだ。豪雪から人々を守る雁木さながらに、上からの攻めに強い守りかたとされている。さて、この雁木囲い、語源はもちろん、新潟特有の雪避け、雁木である。雁木囲いを編み出した檜垣是安(ひがきこれやす)は京都の生まれと伝えられる江戸時代初期の棋士だ。雁木の他には、「対局中に血を吐き絶命した」という、壮絶なエピソードを残してもいる。(亡くなり方には諸説ある)話はそれるが、あらゆる小説、漫画等に見られる、「吐血」キャラは、古来からことごとくイケメンとして描かれてきた。代表格は新撰組の沖田総士である。漫画や小説で出てくるたび肺病からの吐血を見せる沖田。彼こそ吐血界のスーパースターにして、吐血=イケメンというコンセンサスを構築した吐血のカリスマだ。いまや口から血をはいていいのは牧瀬理穂クラスのイケメンだけなのである。したがって筆者が肺を病んだとしても口から血から吐くことは許されない。ブサメンの端くれとして、口から出そうな血液を一度飲み込み下血に変えるぐらいの慎みは持っていたいものだ。牧瀬理穂より志村けんを手本とせねばならん。そのぐらい吐血とは神聖なもの、もはや耽美=吐血である。檜垣に話を戻す。つまり死闘からの吐血からの絶命ともなると、彼はもはや究極のイケメンキャラなのである。ソシャゲだったら、オタク女子の皆様が死に物狂いでガチャを回したあげく課金のしすぎで自分も血反吐はいちゃうぐらいのSSRなイケメンキャラとして描かれるはずだ。「雁木囲い」に名前を付けた人物は不明だが、もしこの超絶イケメンが上越に赴き、長く連なる雁木を目の当たりにして、歴史に残る戦法を思い付いたのだとしたら…上越の雁木は江戸から伝わっているとのことでもあるし、整合性には問題がない。この際そういうことにしておいたらどうか。何をいってるんだ俺は、中二か。本筋に戻るが、実はこの雁木囲い、一度は忘れられた戦術だったが、ここ数年脚光を浴びている。最近でも羽生永世七冠が実戦で採用されたほどだ。きっかけは近年話題の「AI」。もはや名人さえも凌駕する人工知能、中でも非常に強いとされる人口知能「Ponanza」が雁木囲いを用いたことで復活の道が開かれたのだ。忘れられつつある雁木囲いが再び脚光を浴びている将棋界。ならば、新潟も雁木の下で将棋大会でもやったらどうだろうか?たとえば、こうだ。将棋界の話題の一つに「アイドルの進出」がある。すでに将棋番組のキャストとして、アイドルが活躍しており本格的な差し回しで人気を博している。上越にもいるじゃないか、「がんぎっこ」が。彼女たちに将棋を学んでもらい、雁木からの受け将棋を披露してもらうのはどうだろう。高田の受け師、みたいな。だから中二か、俺は。でも、ご当地ならでは棋風を誇るアイドルなんて、見る将の皆さんに受けると思うけどうだろう。もちろん血ははかなくていい。健康に留意して元気に指してほしい。

2130年の栗ようかん2018年2月27日

モンブランが好きだ。
ケーキのモンブランである。

だが問題がある。

私の知る限りここ30年でスポンジケーキ部分の体積が激烈に縮小しているのだ。
ケーキ部分とクリームの調和を重んじる私にとってはややさみしい傾向である。

ここで私の子供当時と現在を目視による測定で比較する。

 

【1980年代】

・クリーム 20%(黄色い)

・ケーキ  80%(いわゆるスポンジ)

・サイズ  L

 

当時は全体に大きく、スポンジ部分が多めである。

 

ところが

【2018年現在】

・クリーム 70%(茶色い)

・スポンジ 30%(スポンジやクッキー生地パイ生地に近いものなど)

・サイズ  M

と変化している(ように見える)。

 

以上から

  1. スポンジケーキ部分の割合が低下し全体が縮小している
  1. ケーキ部分のバリエーションが広がっている
  1. クリームの割合が高くなった
  1. クリーム部分の色が変化した

という傾向がみられる。

では私の望むモンブランは戻ってくるのか、現在の傾向から将来のモンブラン像を推定する。①全体に占めるスポンジ部分の割合は年々縮小をつづけ、ここ30年で50%ほどその割合が低下した。単純に10年間で16%強の割合で体積が縮小を続けていることから、10年後の2028年には3%程度まで割合が低下し、2030年にはケーキの割合がほぼ0%となり、事実上消滅するとみられる。耳をすませば「そろそろ無くしちまうか・・・!スポンジ!」というパティシエたちの心の声が聞こえるようだ。

またこれに伴い全体としてはS寄りのM程度のサイズに落ち着くとみられる。おなかいっぱい食べたい人は2つ買わないといけなくなるので、ケーキ店としては朗報かもしれない、こっちとしてはさみしいが。こうしてケーキ部分が0%となるにともない②ケーキ素材のバリエーションも消滅。ケーキが必要ないというのは、パティシエにとっていいことなのか悪いことなのかもはや判断できないが、その陰で涙を流す私のようなモンブランファンがいることを覚えていてほしい。ただ、泣いてばかりもいられない。

涙をぬぐいつつ現実を見つめるとそこには③クリーム100%のモンブランが・・・これが現実である。もはやお前に未練はないが、これはこれで進歩が続くはずである。その進歩の一つが、「茶色くなる」ということであるのだが、なぜ最近茶色のモンブランが増えたかご存じだろうか。

④かつては黄色のモンブランが優勢だった。アラフォー以上にとってはモンブランといえば黄色なのだ。実はこの黄色、クリーム作りに栗の甘露煮が利用されていことに由来している。甘露煮はその味わいが日本人の好みに合うことと、クチナシで着色した鮮やかな黄色がケーキに映えるとされたことで長年重宝されていたのだ。

一方、現在茶色いモンブランが増えているのは、栗本来の茶色が現れやすいマロングラッセや渋皮煮のペーストが好まれるようになったからである。そして、これにともない、原料も変更を余儀なくされた。黄色いモンブランで使用される甘露煮には渋皮をむきやすい中国栗が用いられていたのだが、渋皮煮が隆盛となるにつれ、和栗が使われる傾向が強まった。また和栗本来の味わいを残そうと栗ペーストに合わせる生クリームも控える傾向が生まれている。

こうなると生クリームが消滅するのも時間の問題である。モンブランが茶色くなることで酪農への影響も懸念される。モンブランをめぐって、大風吹けば桶屋がもうかる、的なことわざが生まれる可能性も否定できないのだ。「モンブラン茶色くなれば酪農家がちょっとがっかりする・・・」絶望的に語呂が悪い。

ともあれ、加速度的に和風化が進むモンブラン、これこそ、クールジャパンならぬ、くーりジャパンだ。40才を目前に、ダジャレを思いついたらすべて口に出す、あるいは文字に残すことにしている。ここまで読んでくれているあなたには感謝しかない。もうちょっとこの調子が続くが我慢して読んでほしい。
ここまで見てきたとおり、

A)ケーキが消滅
B)素材の和風化
C)生クリームと決別

という方向へ進んでいる。

この傾向が今後も進むと、将来のモンブランは和栗ペーストのみで作られた菓子、となることが避けられない。
つまり将来のモンブラン像とは「栗餡の塊」という結論以外になく、これはまぎれもなく、和菓子における「栗ようかん」(栗入りようかんではない)あるいは「栗よせ」である。

モンブランが日本にやってきたといわれるのが1930年代。それが100年後の2030年代には和菓子に限りなく近づくという皮肉な結果が待っている。日本の伝統文化の洗練性が顕著に表れる結果となったと同時にこの100年いったいなんだったんだ、という脱力感を禁じ得ない。

では、わたしの望むモンブランはもうやってこないのか。落胆するのはまだ早い。現在は和菓子店において、大福やどら焼きにクリームをあわせる製品が存在する。となれば今後、生クリームを包含した栗ようかんが生まれるのでは?という希望を捨てる必要はない。

たとえば、この生クリーム入り栗ようかんをカステラで挟んみ、シベリアをつくると、どうだろう?栗餡とスポンジが一体となるのだ。つまり、今後は栗ようかんのモンブラン化が進むのである。100年でモンブランが和菓子に合流することを考えると、2130年の栗ようかんは、栗ようかんという名の旧タイプモンブランとなることがあり得るのである。なんだ安心。まあ、そこまで長生きはできんだろうがな。

ふたりめ?2018年2月21日

先日、育児をテーマにしたトークセッションに参加してまいりました。タイトルは「新潟ふたりめ会議」。5児の父としても知られる、タレントの「つるの剛」さんをメインゲストにお迎えして、ふたりめの子を望む親御さんの背中を押そうというイベントです。実はわたくし、このイベントの直前にふたりめが誕生し、滑り込みで、二児の父として参加することとなりました。今回のテーマである、ふたりめ。イベントに先駆けて行われたアンケートから、ほしいけれど踏み切れない…、という方が非常に多いことが示されました。ではふたりめの壁、となっているのはなにか。経済的な要素であったり、公的な支援が不十分と感じること、夫婦関係の変化などご夫婦によって様々。安心して、そして自信を持って二人目を持つのはなかなか難しい世相といえるようです。

 

では二人目を持つことで人生はつらく苦しいものになるのか。
個人的にも非常に興味の深いテーマでしたが、ここで示されたのが「子どもの人数と両親の幸福感」の相関を示すアンケート結果。ここでは、子供の数が多いほど、両親の幸福感が高いという結果が出たのです。私も少なからず安心。幸福だから子供が多いのか、子供が多いから幸福なのか、読み方は様々なのだと思いますが、すくなくとも各々の要素がともに比例関係にあることをデータは示しています。

 

ちなみに私個人を振り返ってみると、ふたりめが生まれたことで一人目の成長を確認することができましたし、姉妹のかかわりを見ることができるようにもなりました。家庭の幸福度は増していると実感しています。ふたりめの出生によって、一人の姉と一人の妹、二つの人生が新たに始まったと言い換えることができるのならば、めでたさも二人分。幸福度が増すとする一定の根拠といえるのではないでしょうか。

ただ、育児の負担を家内にかけすぎているので、不幸な母が誕生してしまう可能性は十分あるわけで、その点は私がどの程度貢献できるのかにかかるわけですね。自信ないけど…。では私の行動や考え方をどう変えればいいのか。
そのヒントがつるのさんのトークにありました。

なぜ、5人のお子さんに恵まれ育児に参加するのか、その理由をつるのさんは「自分の奥さんからモテたいからだ」と説明しました。考えてみたこともありませんでした。つるのさんマジかっこいい。いい男は奥さんからモテてるんだ。そりゃかっこいいわけだ。

 

いまでは育児タレントとしてのイメージも定着したつるのさん。ですが「はじめは手探りのところから育児が始まった」とおっしゃっています。言われてみれば当たり前ですが、この一歩を踏み出すかどうか、が奥様からもてるか否かの分かれ目ということなんですね。一から出直そう。

 

そういえばうちの妻、数年前に「私ツンデレになる」といったきり、その後「ツン」しかだしてこない。子供のおしめを換え夜泣きをあやし、可能な限りわが子に尽くそう。「デレ」が見られるその日まで。

空き時間をまるかじり2018年2月2日

出張中で大雪に巻き込まれた。
電車も運転見合わせ。

もうどうしようもない。
ただ待つことしかできない。

そんな私を救ってくれたのが誰あろう「東海林さだお」大先生である。

あらゆる料理を題材に軽快な語り口で深い(場合とそうでない場合があるが)洞察を加える、
名著「まるかじりシリーズ」を駅の売店で買っておいたのだ。

ナイス!自分。

 

新刊は、

いちじくを通して利己的社会を批判し、
目玉焼き界の隠れキリシタン「ソース派」の救済を説き、
枝豆と空豆のライバル関係から格差社会を風刺する。

縦横無尽に食と世を切るのである。

 

最大の魅力は、
下らないことを真面目に考察するその豪腕と、
真面目なことをふざけて語る身軽さだ。

これがユーモアでなくてなんだというのだ。

いつなんどき読んでも笑っちゃう。

じぶんこんなに笑顔になれるんだ!っていうぐらい笑顔になっているのがすごい。
疲れたアラフォーおじさんを百発百中で笑顔にするなんてなかなかできないでしょ。

微笑みながら読み進めると、「おっさんキモイ」という視線がどこからともなく飛んでくる。

それがどうした。

奇異の眼差しをものともしないメンタルを鍛えることができるのだ。

もはやメリットしか存在しない。

1冊で1時間はたっぷりたのしめる。

旅のお供はこれしかない。

ただひとつだけ惜しかったのは電車が3時間停まったことだ…。

 

しかたないもう一度読むか…
2回読んでも面白いやないかい!!

 

役に立つのはスマホの交通情報だろうが。
笑顔はくれまい。

やっぱりまるかじりシリーズだ。

今年もよろしくお願いいたします2018年1月20日

今年もよろしくお願いいたします。

お正月も過ぎて、もう1月下旬。
光陰矢のごとし!

ところで
NST50周年PRご覧いただけましたか?

流れゆく映像を眺めながら歩く私。

「未来への希望を目にし笑顔をたたえる男」を
演じてみましたが…

「きょろきょろしながニヤつくO脚のサラリーマン」
みたいな感じにしかなっていなかったので
演じるって本当にすごい!と思いました。

そんな私も50周年さらにいい番組を作ってまいりたいと思いますので
今年もよろしくお願いします。

2017年 お世話になりました。2017年12月29日

皆様

2017年も大変お世話になりました。
皆様のおかげをもちまして大変充実した年となりました。

2017年の思い出をいくつか書き記してまいりたいと思います。

担当番組「スマイルスタジアム NST」で
主題歌を「HY」に作っていただくことができました。
沖縄でのレコーディングまで取材させていただいたことは本当にうれしくて、素敵な思い出でした!
うれしい、楽しい、という以上にいまだに「純粋にびっくり!」ですね。
「HY」ですよ!「HY」!!

新潟の風土を感じてそこから新潟のイメージを膨らませて曲にしてくれたHY。
作曲のプロセスを番組を通じて追うことができたのはとてつもなくいい経験でした。

アーティストってすごい!!

そして毎週オープニング「HAPPY SHOWER」がかかるたび
「スマスタすごい!!」と思いながらテンションあげてます。
(手前味噌ですみません)

別に自分の番組すごいだろ!!といいたいわけではなくて…
皆様のおかげで2017年も無事締めくくれそうです、ありがとうございます!
と申し上げたいのです。

今年1年で
本当に新潟の皆さんに番組を愛していただいているなと実感することがとても多いんですよね。

取材先や私生活の中、様々なところで
「スマスタ見ているよ」と声をかけていただくことも増えたように思います。

皆さんに「いつもスタジオでいじられてるね」といじられる、そんな時間も幸せです。
その辺で見かけたらご遠慮なさらずいじってください。
(大して面白い返しできないですけど。)

そうしてみなさんに番組を育てていただいた、
その一つの成果がHYのテーマソングだったんじゃないかな、
なんて感じることができた1年です。

こういう番組に自分がかかわっているのが改めて不思議に感じるほどです。

私はどちらかというと自分自身を
「アナウンサー」というより「サラリーマン」と認識しているタイプで
実際に顔や姿が出る番組がそんなに得意じゃありません。
テレビのお約束、スタッフの求める面白さ、みたいなのが全然くみ取れないんですよ。
(大して面白い返しができないわけです)

だからスマスタに関しても毎週戸惑っていて
「俺いま何やってるんだろう?」とスタジオであたふたしているうちに
気づいたらみなさんに楽しんでいただけていた、みたいな感じです。
(大して面白い返しができないのに)

2018年が迎えられるのも皆さんのおかげです。
新しい年も変わらずお付き合いいただければ幸いです。

あすは2017年最後のスマスタOAです。
ぜひご覧ください。

おさんぽジャパン2017年12月29日

年明けの「国分太一のおさんぽジャパン」(※毎週(月)~(金)11時25分放送)は新潟から!

国分太一さんが新潟をおさんぽします。

ロケの様子です

ロケの様子です

 

新潟市~長岡市を歩いた国分太一さん。

地元の文化に触れ、新潟が誇る食やお酒を堪能します。

 

新潟のおいしいものをご紹介しました

新潟のおいしいものをご紹介しました

 

 

私もロケにお邪魔して長岡市をご案内してまいりました。

自慢の食やお酒を楽しんでいただいたその様子を

ぜひオンエアでご覧ください!

 

 

放送日は

 

2018年  1月4日(木)~1月19日(金)  午前11時25分~

 

3週にわたっての放送です。

お楽しみに!

 

NST開局50周年PRを撮影しました2017年12月25日

NST開局50周年

来年12月16日でNSTは開局50年を迎えます。

そこでNSTアナウンサー・キャスター陣が
NST開局50周年PR素材を撮影しました。

楽しみながら撮影に挑むメンバー

楽しみながら撮影に挑むメンバー

動きや表情を決めないといけない、という撮影は
普段の仕事にはあまりないものなので意外と難しいもの…。
かなり手こずったメンバーもいたようです…。

手こずったメンバー

手こずったメンバー

たとえば写真の松尾アナ・井上アナのこの動きも
どんな映像になったのかぜひオンエアをご覧ください。

何に見えますか?

何に見えますか?

PRの放送は
2018年1月1日からです。

変身願望2017年12月6日

人々が心に秘めるささやかな願い。
その願いをかなえてくれる身近なツールが、「顔ハメパネル」だ。

私は顔ハメパネルがあれば一応ハメてみることにしている。
顔さえハメれば、戦国武将やアニメキャラ、動物にだってなれる。

こんな顔でも少しだけ自分を好きになれる不思議なツール、
それが顔ハメパネルだ。

そんな私がお勧めしたいのが
県庁1階に鎮座する「レルヒさん顔ハメパネル」(勝手に命名した)だ。

投稿末尾の画像をご覧いただきたい。

本来ならばキャラの顔部分に己の顔をはめさせ、
なりきり気分を味わわせるのが「顔ハメパネル」の使命のはず。

が、このパネルはレルヒさんの顔面を温存し帽子の部分に人間の顔をハメさせるのだ。

結果レルヒさんの額付近に私の顔面がめり込む格好になる。(画像のように)

かつてない顔ハメスタイル。
これは「顔ハメパネル」などではない
「レルヒさんメリ込み」パネルなのだ。
私たちは

「レルヒさんになる気分」を味わうのではない。
「レルヒさんの一部となる気分」を味うこととなる。
レルヒさんはレルヒさんであり続け、私は私でなくなり尽くす。

存在(実存)があって意味(本質)が生じるのか
意味(本質)があって存在(実存)することができるのか、
そんな哲学的主題すらどうでもよい。

もはや私などレルヒさんの一部になるために生まれてきたにすぎないのか?

壊れそうな心を抱えながら己が生まれてきた意味をそっと問いかけて
闇の中を彷徨い歩く90年代のビジュアル系バンドさながらに自分を見失うひと時を味わう羽目になる。

ところがである。
打ちひしがれつつ鏡を見ると「自分が自分である」ことに気づくのだ。
そして得られる大きな安堵感。

ここまで自己肯定的になれたことがあっただろうか。

いい年をして変身願望などかなえている場合じゃないのだ。
そろそろ自分の顔を、そして人生を受け止めなければいけないのだ。
何者かであろうとするからこそ自分を失い続けたのだ。

実存も本質もすでに自分は手にしていたのだ。

レルヒさん、ありがとう!!
大切なことを教わりました。

県に税金納めていてよかったです。

もう顔なんてハメないなんて言わないよ絶対!

まあつまり「顔ハメ楽しいよ」っていうことです。

というわけで
レルヒさんへの親しみと、自尊心と、納税の喜びとを同時に手に入れることができたので

一度は顔をはめてみることをお勧めします。

KIMG0122n

魔界の植物 最終話2017年8月25日

あのハエトリソウ。
実はその後全身真っ黒に染まり…。

 

枯れました。
 

全然魔界の力なんて蓄えてませんでした。
もっと早く気付いてやれればよかったのですが…。
どうすることもできませんでした。

映像的にも怖すぎるのでアップするのをやめておきます。
トラウマレベルの恐ろしさでございました。

隅々までどす黒く染まって口を開けたまま倒れるハエトリソウ。
夢に見そうです。

しかし恐ろしさ以上に申し訳なさでいっぱいです。

いったい何がいけなかったんだろう?と

再度食虫植物について書かれた書籍を手に取りました。

すると…。

 

「通常は水のみで育ちます。虫は必要ありません」

 

だからそれは最初に書いてよー!
なんならハエトリソウのパッケージにも書いて欲しかったよー!!

もう「ハエトラナクテモイイソウ」にしちゃえよ!名前!!

 

どす黒くなったのは魔界の力じゃなくて
ただの水不足と無理に餌を食わされたダメージでした。

本当に申し訳ありません。

私は死後「ハエトリソウに食われる地獄」に落ちるのだろうか…。

ハエトリソウにかじられ、消化されるまで痛みと恐怖に苦しみ続けるのか。

恐ろしい罪を犯してしまった。

この苦しみにさいなまれ続けて生きるのか。

 

でもまてよ…ハエトリソウは餌食べなくてもやっていけるんだった。

地獄で食われることはないか…。えへへ。

 

いやいやまて、「ハエトリソウに水をやり続ける地獄」に落ちる可能性は残ってるか…。

それも地味にいやだな。

 

ハエトリソウが枯れると鬼たちに強烈に痛めつけられたりしてな…。

でも針山地獄よりましかな?

 

いやいやいやまて、針山地獄に落ちた奴から

「草に水やりしてるだけで楽してるんじゃねえのか?」なんて因縁つけられて

休み時間に(あるのかどうか知らないけど)

体育館の裏(あるのかどうか知らないけど)に呼び出されてボコられたりするかもな。

 

地獄に落ちてまで思春期レベルのビビりを抱えつつ苦しむなんていやだ!!

 

…枯れてもなお私の心を苦しめる「ハエトリソウ」。

私は今後、地獄の恐怖に怯えつつ生きるしかないのだ。

 

これが魔界の力…。

ハエトリソウ…あの「口」は地獄の入り口だったのだ。

1 2 3 4 5